南国に死す 6

なつかしの都。
私住んでいたときとは大きく違っている。
かつて私の住んでいた館はあの戦で焼かれ、今は装いを変えて他の人が住んでいる。

都の一条を目指す。
そこに懐かしい女人がいるはず。

幾人かの幼な人に囲まれて穏やかな顔をしている人。
姉上だ。
幼い人は母上母上といって片時も姉の側を離れない。

私達が流罪をなり都にひとり残された姉はやがて人の妻になったという。

顔に年齢が刻まれ髪に白いものが目立つようになっている。
若くて美しかった姉はもうそこにはいない。
けれども、その年を重ねた女性はまぎれもない姉その人。

ああ、姉上。
都に一人残される姉上のことを土佐から思い、その身を案じ続けていました。
物事をしらぬ幼かった頃大きくなったら姉上を守れる男になりたいと思っていました。
けれども私は一度も姉上を守ってやることはできませんでした。
今あなたは、人の妻になり母になり幸せに生きているのですね。
もし許されるのであればあの世からでも姉上を守ってあげたい。
姉上お幸せに・・・

雄大な山が聳え立つ駿河。
かの地にいるもう一人の懐かしい女人。
乳母の娘香貫。
乳母が死んだ後も土佐に便りを送り続け、日々の物資をおくりつづけた私の乳母子。
あなたは私を支援しながらも苦しみ続けていたのだね。
香貫。私はあなたに感謝はしているけれども、一度も憎んだことはない。
あなたの祖父が私の父上を殺してしまった。
そのことにあなたは苦しみ続けていたことを私は気が付いていた。
その言葉を伝えられなかったことを私は今悔やんでいる。
最後まで父上を支えてくれたあなたの父には感謝している。
私はあなたを父上を殺した長田忠致の孫とは思わない。あなたは戦に破れ誰からも見捨てられていた父義朝を最後まで守ってくれた鎌田政家の娘。それ誇りに生きていっておくれ。

富士の向こうにある坂東。
そしてその坂東を束ねつつある人。
それが私の兄源頼朝。

ああ、兄上。
反対の方角へ流罪になるとき一瞬だけ都の大路ですれ違った兄上。
流罪の意味、そうなってしまった理由もわからぬほど幼かった私は
兄上と反対の方角に連れて行かれてしまってもまたすぐに会えると思って
明るく兄上に向かって声を掛けてしまいました。
あれが今生の別れになるとも知らず。

兄上ご立派になられましたね。
多くのご家人を従えられて、鎌倉の主となられた兄上。
兄上はこれからもっと大きくなる強いものを何かをもたれておられます。

ここが兄上の持仏堂なのですね。
兄上の深い悲しみとお苦しみが感じられます。
鎌倉の主となられ、妻と子を持たれ、多くの家人を従えられても兄上は孤独なのですね。
兄上のお心のうちを知る者は誰一人おられぬのですね。
そして、あの戦で受けたお心の傷は私とは比べ物にならぬほど大きいものだったのですね。
幼くて何も知らなかった私。それに対して兄上は戦に出てその戦に負け、人の心の恐ろしさを知ってしまった。そして兄上は二十年以上もの間たった一人で色々なことで苦しんでおられた。
そして今も、人々の上に立つがゆえに、人の心を読み、求める利を知り、人の心の弱さ、頼りなさ、狡猾さを見なければならぬ兄上は人を信じることがゆるされぬ立場にあるのですね。

兄上は持仏堂の中にだけご自分の、苦しみ、弱さ、迷いをされけだしておいでなのですね。
その心の中に、亡き父上への慕情があり、そして時折「五郎」と呼びかける想いがある。

「五郎」
そう呼びかけてくださる兄上の心を知って私は幸せに旅立てます。

兄上、私は兄上を支える弟になれといわれ続けて育ってきました。
私もそのつもりでいました。
けれどももう生きて傍にいて兄上を支えてあげることはできません。
でももし心の中にある五郎が兄上を支えてくれるのであればその五郎はいつまでも兄上を支え続けていくでしょう。
この先誰も兄上の孤独を諮り知ることはできない。
兄上も孤独をこの持仏堂の外に持ち出すことはないでしょう。
すべてをここに封印して兄上は鎌倉殿として生きていかなければならないのですね。
けれども、今私は兄上の心を少しだけ分かち合えたような気がします。

今私は兄上の本当の弟になれた気がします。

さようなら、兄上。
あなたの進む道はこの先も優しいものではないでしょう。

でも、どのような道でも引き返すことはできない。

だけど、私は信じています。
兄上ならばどのような困難な道も切り開いていけるはずだと。
そこの御仏も「その人に越えられない苦難は与えない」とささやいておられますから。

六郎、禅師、九郎
異腹の弟達よ。
兄上をどうか支えていって欲しい。



私は土佐へ帰る。
もっとも会いたい人の元へ。

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テーマ : 歴史小説 - ジャンル : 小説・文学

Tag : 頼朝 義朝 源頼朝 鎌田政家

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